あれこれと

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開高健さんの「日本三文オペラ」を読みました

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いや~、久しぶりにすごい小説を読んだなぁというのが読後の感想です。この本を読んだ人が必ず感じるであろうことは、そのエネルギーの凄まじさでしょう。そこに描かれている人々にエネルギーを感じるのか、文章にエネルギーを感じるのか、その両方なのか、自分でもよくわかりませんが、ただ、ものすごく魂を揺さぶられる何かがあることは確かです。
戦後、まだどさくさな状態が残っている昭和30年代頃の大阪が舞台です。今の大阪城公園付近には、極東アジアで最大規模の軍需工場があったのですが、そこが昭和20年8月14日に爆撃を受けて、壊滅状態となり、その翌日に終戦となりました。そこには無数の鉄くずが眠った状態で放置されることになったのですが、そこに目を付けた人たちが警察の目をかいくぐり、鉄くずを掘り起こし、運搬し、売りさばくことを生業とし始めました。彼らは、インディアンになぞらえて、アパッチ族と呼ばれるようになります。
この小説は、生気の無い男が、アパッチ族に勧誘されるところから物語が始まり、彼の目を通して、アパッチ族の栄枯盛衰が描かれています。彼が勧誘された頃は、猫の手も借りたいほどの忙しさで、どんな人にも、その人の能力に合った何かしらの役割が与えられ、原始的ではありますが、意外とシステム化された会社のような複数の集団が形成されていました。みんな荒くれものなのですが、わりと民主的であったり、女性に対して頭が上がらなかったりといった一面があり、どこか憎めないところがあります。
ただ、アパッチ族のことが世間に知れ渡ると、全国から我も我もと職を持たない者が集まり、次第に秩序が無くなっていき、また国の風当たりも強くなり、簡単には鉄くずを拾えなくなり、何もかもがうまく行かなかくなっていき、そして仲間がどんどん減って行きます。
小説を読んだ後に、どの辺りが舞台の話なんだろうと調べてみたら、大阪城公園駅付近のことなんですね。第二寝屋川を渡るために、あやしげな船を使ったり、線路を渡ったりする場面が度々出てきますが、地図を見て、「あぁ、ここのことだったんだ!」ということがわかりました。2年前に、たまたま、そこをジョギングしていたのです。走っていた時には、キレイな通りだなぁなどと思っていたのですが、まさか、そんな歴史があったとは!
開高さんは、実際に、その集団の中で取材をしたようですね。どこまで深く入り込んだかはわかりませんが、その後、ベトナム戦争へ臨時特派員として取材へ赴き、九死に一生を得ていることを考えると、かなり深いところまで入って行ったのではないかと想像してしまいます。
題名の「日本三文オペラ」については、解説に書いてありました。「三文オペラは、現代ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトの有名な芝居である。(中略)1920年代末のドイツ(中略)におけるブルジョア社会の風俗および道徳の混乱を、泥棒と乞食と員売婦の姿をかりて痛烈に風刺しながら、ブルジョア社会のかくされた機構や、ブルジョア道徳の偽善性をバクロしたものであった(佐々木基一さん)」 小説の中で、通勤電車をわざと止めさせて、盗んだブツを、その電車に乗ったサラリーマン達に見せつけるように、悠々と運ぶ場面があるのですが、まさに、大量の鉄や銅で出来た「鉄道」は、俺たちのおかげで出来てるんやで!ということを示したかったのかもしれませんね。

 

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